
Title: Nutritional medicine as mainstream in psychiatry.
邦題: 精神医学の主流としての栄養医学.
Journal: Lancet Psychiatry. 2015 Mar; 2 (3) : 271-4.
Authors: Sarris J, Logan AC, Akbaraly TN, Jacka FN, et al.
Reviewer: Maki AOYAMA
“ジャンクフード”は肥満、糖尿病、心臓病の要因…だけじゃない.ジャンクフードは脳にも悪影響を与える!?
ポテトチップス,清涼飲料水,インスタントラーメン,ハンバーガー,クッキーなどの加工食品やファストフードは好きですか? これらの食品は,塩分,糖分,脂質,カロリーを過剰に含むことが多く,良質なたんぱく質,ビタミン,ミネラル,食物繊維などの栄養価は低いため,「ジャンクフード」と呼ばれており,ジャンクフードを食べ続けると,肥満,糖尿病,心臓病などの生活習慣病になりやすいことは周知の事実である.最近の研究では,ジャンクフードが脳にも悪影響を与えることが明らかになってきた.
食べ物が左右するうつ病やうつ状態のリスク
オーストラリアのDeakin UniversityのFelice Jacka教授は,栄養精神医学の分野に関する研究をしている.彼は,食事や栄養が我々の心身の健康を左右する役割を担うと主張する,国際栄養精神医学研究学会(International Society for Nutritional Psychiatry Research:ISNPR)の会長でもある.Jacka教授らは以前から野菜,果物,全粒穀物,魚など,栄養価の高い食品を多く摂取する食事はうつ病やうつ状態のリスクを減らす一方で,飽和脂肪酸および精製された炭水化物を多く含む西洋型の食事パターンは,そのリスクを高めるという研究を報告していた.2015年3月,うつ病などの精神医学における食事や栄養の影響について,世界で行われている研究の成果をLancet Psychiatry誌上に発表した.食事や栄養が,脳の正常な機能を左右し,結果として心の健康を決定する中心的な役割を果たす点に注目し,研究を進めていると公表した.具体的にはどのように,食事が我々の脳へ影響をおよぼすのだろうか.Jacka教授らは脳にある「海馬」に注目した.海馬は学習,記憶,抑うつなど気分の調節に関与している.また成人においても,新しい神経細胞をつくるまれな脳の領域である.これまでの研究では,運動やカロリー制限などは成人の海馬のニューロン新生を増加させること.その反対に酸化ストレスや老化はニューロン新生を減少させること.また,海馬の体積はうつ病の成人では減少し,抗うつ薬はニューロン新生と海馬の体積を増加させると報告されてきた.また,食事と精神・認知機能の関係についても多くの動物実験が行われ,その中で海馬が重要な役割を果たすことが証明されてきた.しかし人間に関しては,研究結果が示されてこなかった.そこでJacka教授らは,人間を対象に,食事のパターンが海馬に与える影響を調査し,2015年9月号の医学雑誌「BMC Medicine」に報告した.
教育レベルや収入レベルの差ではなく,食事パターンの差が海馬に影響を与える
調査はPersonality and Total Health(PATH)Through Life projectと呼ばれるオーストラリアの疫学調査に参加する,60~64歳の25人を対象とした.Jacka教授は「調査対象者は一般的なオーストラリア人より高等教育を受けている必要も,高収入である必要ない社会的弱者であったとしても食事パターンと海馬の体積には,強力な関係が示される可能性があるからだ.教育レベルの差異に関係く,体や心の健康の問題やストレスは,食事と同様に海馬の体積に影響を与える要因である.」 と語っている.
不健康な食事で左海馬の体積が小さくなる!?
調査対象者には,食習慣のアンケート「食物摂取頻度調査票」を実施した.以降,約4年間経過を観察し,MRI検査を2回受けてもらった.食習慣のアンケート調査の結果,対象者を[1]新鮮な野菜,サラダ,果物や魚などを摂取している健康的な食事のグループ.[2]焼き肉,ソーセージ,ハンバーグ,ステーキ,ポテトチップスや清涼飲料水を摂取している西洋型の不健康な食事のグループ の2群に分類した.[1]の健康的な食事パターンの対象者たちは,平均的な食事パターンの人より,左海馬の体積が45.7mm3が大きかった.一方,[2]の不健康な西洋型の食事パターンの対象者たちは,左海馬の体積が52.6mm3小さくなっていた.また,年齢,性別,教育歴,労働状況,抑うつ症状と服薬状況,身体活動,喫煙,高血圧,糖尿病など他の要因を除いた食事だけでも,海馬の体積に影響を与えることが分かった.ちなみに,食事パターンと右海馬の体積の間の関係は認められなかった.なぜ,左の海馬で,右の海馬ではないのだろうか? 教授は,Biomed・Centralのインタビューに,以下のように述べた.「正確な理由は解明されていないが,以前の研究では,左の海馬は神経変性に対して,より傷つきやすいことを示していた.また,アルツハイマー病とMCIでは,左海馬が右海馬よりも小さくなる傾向にあることが明らかになっている.実際に左脳は右脳に比べてアルツハイマー病の影響を受けやすいと考えられている.したがって,この結果は左脳の脆弱性を反映している可能性がある.」
加工食品は避けたほうがよい
この結果を踏まえ,Jacka教授は以下のようにコメントした.「海馬は,一生を通じ学習,記憶および精神的健康の中心を担っている.今回の調査結果による見解は,全ての年齢の人に当てはまるであろう.つまり食事の主な成分を野菜,サラダ,果物,豆類,全粒穀物と生のナッツなどの植物性食品,魚や脂肪の少ない赤身肉,オリーブオイルなど,健康な脂質にしたほうがよい.同時に,清涼飲料水,塩味の揚げたスナック,焼き菓子 (商業的に生産されたドーナッツ,ケーキ,ビスケットなど)のような加工食品は,極力避けた方がよい.健康に良くない脂質や糖分,精製された炭水化物を多く含む食品類は,海馬や消化管に悪影響を及ぼす可能性が高い.最近の研究で,腸内細菌叢が体や心の健康に関して,中心的な役割を果たすと分かってきた.食物繊維を多く含む食品や発酵食品は,腸内細菌叢の健康を促進するが,脂肪や人工甘味料,乳化剤を含む加工食品は,腸の健康を損傷することが理解されている.」
食事パターンと精神障害の発症の関係
Jacka教授はこう続ける.「今後,精神障害,特にうつ病に対する食事がおよぼす影響を評価するための臨床試験が必要である.すでに調査は進んでおり,今後6カ月以内にその結果を報告できるであろう.栄養精神医学という新しい分野は,精神疾患や神経疾患による世界規模の課題に立ち向かえると思う.」
WHOによれば,精神疾患や神経疾患に苦しむ人は世界で4.5億人である.これまで精神障害の治療は薬物療法が中心であり,精神障害に苦しむ人々の数は世界中で減少したが,特に大きな割合を占めるうつ病と不安障害の人口は,今後数十年のうちに世界全体で更に増加すると示唆されている.
精神障害の発症には遺伝,環境などの様々な要素が複雑に影響しあっているが,今回の報告により食事のパターンの重要性が明らかにされた.これを機会に,普段から口にしている食事のメニューや食材,摂っている油脂類や炭水化物の種類や状態など,再確認してはどうか.